日本思想史

第7章

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一六一四年
大坂の陣
徳川家康が豊臣を滅ぼし
元和偃武が達成された
その後二世紀半に渡り
徳川の治世が続く事となる



その中で今回は注目するのは「武士」
中国のように科挙による
能力本位の政治体制ではなく
戦に明け暮れた武士が
そのまま支配者集団として
官僚としての役割を要請される




『武家諸法度』
「文武弓馬の道、専ら相嗜むべき事」
文武両道が謳われる中
参勤交代や種々の制約に縛られながら
儒教をモデルにしつつ
徳治主義に収まりきらない
独自の生き方として
武士道、武家故実が結実していく



注釈書も作られ
武士から町人まで人気を博した
江戸後期の『太平記』



戦場での優れた軍略家でもあり
家臣や領民への配慮を怠らぬ信玄と
賢明で忠実な家臣
甲州武田氏の興亡を描く『甲陽軍鑑』




武士の官僚化が定着した後の産物ではあるが
「武士道といふは、死ぬことと見付けたり」
鍋島藩士山本常朝の聞書『葉隠』



吉良義央への赤穂浪士討ち入り事件では
忠の立場から
法の立場から
幕府の立場から
様々な意見が飛び交った



新たな秩序と共に多元化する倫理と文化








人は城
人は石垣
人は堀
情は味方
讎は敵なり

『甲陽軍鑑』


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