日本思想史

日本思想の形成

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無文字時代が長く続いた日本には
太古の記録はなく
中国の史書『魏志』倭人伝
外部の記録から始まる





政教分離
「鬼道に事え、能く衆を惑わす」
シャーマンとしての卑弥呼が有名ではあるが
実際の政治は男弟が補佐したとされ
政教は分離されていたと考えられる





自立性
邪馬台国は魏に朝貢し
中国の冊封体制に組み込まれていたが
大和朝廷の日本統一が進むにつれて
中国への朝貢からの離脱が進み
中国からの圧倒的な影響下の中
従属しない自立性を求めていく

日出ずる処の天子
書を日没する処の天子に致す

自立化を図るためには
文明国としての同等性を
主張する必要があるが
皮肉にも中国の模倣が促進される





律令
自立性を維持する為
制度や律令の整備が進み
大化の改新や飛鳥浄御原令
大宝律令、養老律令等の法典が
その後の規範となった
だが現実的には律令による統治は
有名無実化していく
完全に意味を喪失した訳ではなく
形式的には近代まで維持された






推古朝頃から始められた史書編纂は
『古事記』『日本書紀』
『続日本書紀』『日本三代実録』等
合計六書が編纂され、六国史と称される

『古事記』『日本書紀』においては
かなりの分量が神代に充てられており
皇位の正統性の証明という
イデオロギー的装置である






遣唐使が派遣されるようになると
仏教の経典や教学と共に
建築・鋳造・暦学・医術等の
最新の文化も一体となり渡来し
渡航後の仏僧は
政治においても重用されることとなる

仏法は国家体制のバックアップとして
機能したが、その政治的な発言力が
増大するにつれ
最澄や空海により世俗と仏法
各々の独自性を保持しながらの
相互補完が継承されていくこととなる





儒学
律令における新たな秩序には
古典や歴史に精通している人材が必要であり
初期は王仁など朝鮮半島からの渡来人
次第に遣唐使として吉備真備
阿倍仲麻呂らが重用された





和歌
こうした儒学の導入により
漢文・漢詩が好まれるようになったが
一方『万葉集』『古今和歌集』等
和の文化も成熟することとなった




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