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スペクトルにかけられた色彩を、現代日本語は七色で表す。しかし、英語では六色であり、ロデシアの一言語では、三色。リベリアの一言語では二色にしか分けない。

つまり言語はその人物のバックグラウンド、教育や文化により意味が異なる

曖昧で不確かで変動しやすい個人の感情、捉えがたい心理の内面も、すべて名称による以外には、自己を客観化し明確化するすべを持たない。
・・・
考えてみれば、これほど危険千万なことはない。言葉によってカオスがコスモスに転化することは事実だとしても、そのとき名づけられたものは、他のあらゆる属性を切り捨てられ、無垢の純潔性を失ってしまう。

人は言語によってしか感情を表現出来ないが、言語として具現化させてしまうと、ある一定の意味しか持たなくなる

「愛」とか「嫉妬」とか「憎悪」とかいう言葉が表れると、その言葉とともに、愛や嫉妬や憎悪が
結晶してくる。
もやもやした感情を、「愛」でとらえるか「嫉妬」でとらえるか「憎悪」でとらえるか、結びつき次第で、彼の運命は大きく違ってくるであろう。

そして、様々に入り乱れた感情に
どの言葉を与えるかによって
ある一定の意味に固定され
その後の人生に影響を及ぼしかねない。

佐竹明広「意味変化について」
京都大学2018年度 過去問

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