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「やさしさ」という技術

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やさしさは悪どい強者のエサであり
何だかんだ言っても未だ資本が主義の弱肉強食な現代社会では足枷でしかない

やさしさ等の人格とはある程度の地位や権力を得た人物が地盤を磐石にするために有効なツール

優しさを極めれば
非営利団体であり、ガンジーであり、マザーテレサ
ベジタリアンであり、植物にも命があると考えれば何も食せない
死ぬしかないよね

壁にぶち当たると
人は悪に染まるか自分を善に染める
悪に染まるのは簡単だ
でも善を選ぶには気力を要する

これらが過去の自分の辞書に記されていた「やさしさ」の定義

そして
やさしさは足枷だとわかっていながら
最終的には常に善を選んできた
自分の悲しい性

そんな自分が感銘を受けた1冊

「やさしさ」という技術

常に他者の要求を満たすのは
相手のためではなく、自分が相手に気に入られたいという自己満
真に相手を思うなら、嫌われる勇気を示すことも必要

自分の稚拙なやさしさのレベルの低さを悟ったよね
真のやさしさには知性が必修科目

金、時間、体力、精神力
リソース不足はやさしさの欠如に繋がる
絶望の淵に立たされた時にこそ
その人間の真価が問われる
リソースに余裕ある人間がやさしいのは当たり前

タルムード「罪を二度犯した者は、もはやそれを罪とは考えない」

「己の欲せざるところを、他人に施すことなかれ」儒教

「隣人の利益を己の利益とし、隣人の不利益を己の不利益とせよ」論語

「人を傷つけてはならない。それは自分を傷つけるようなものだ」仏教

他人の幸せが自分の幸せ
自分の好意が必ずしも相手の為になる訳では無い
自分の感情を抑えて相手の利益を考える
自己中心のやさしさではなく
相手を中心としたやさしさ

自分のやさしさはまだ未熟だけど
争い事を見たくないという自分の我儘に過ぎないから

完全な善人などいないが
利他に生きる

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